リレー05

遅れて申し訳ない。
今更だが01で「裸電球」がどうのとか描写してるが、「松明」がどうのこうのに脳内変換よろ。電球とかファンタジーじゃねえ。

                                                                          • -

 悲鳴。轟音。火災の音。阿鼻叫喚の中、立ちつくす。体中に付いた血は、魔物に襲われた時に追った傷から溢れたものと、目の前で死んでいった友人のものだ。彼の死体は無残にも上下に分かれ、足元に転がっている。
 ひどい有様だった。家屋は焼け落ち、村の中を流れていた小川はどす黒く染まっている。いたるところに死骸が落ちており、吐き気のする臭いが周囲に漂っている。
 遠くから断末魔の声が聞こえた。同時に何者かの羽音も。その羽音はどんどん近付いており、言いようもない悪寒が全身を這う。
 早くここから逃げなくては。足を動かそうとするがなかなか動かない。どうして、どうしてだ。逃げなければ殺される。眼前で殺された友人のように生きたまま二つに裂かれるか、それとも魔物の吐く炎で全身を焼き殺されるか、その他にせよ、まともな死に方はできない。地獄の苦しみなしには死ねない。
 羽音は近くまで来ていた。どうして足は動かないんだ。自分の足を見た。そこには死んだはずの友人の手がしっかりとしがみついていた。
「ああああああああ!」
 何とか逃れようとするが、手は離れない。すると上半身しかない友人の顔が、ゆっくりと持ち上がる。
 それはNo.82の顔だった。ひどい火傷を負っていた。肌は爛れて黒ずみ、目は白く濁っている。そして呪うように叫ぶ。
「何故殺した!」

 ――そこでNo.100は目覚めた。鼓動は速く、息は荒い。そのまま落ち着くために深呼吸を繰り返す。そして少し冷静になったところで思い出す。あの最悪な殺し合いを終えた後に気を失ったことを。
 No.100はベッドに寝かされていた。辺りを見回して、ここが二人用の個室であることを理解する。No.100が寝ていた他にもう一つベッドがあったからだ。それ以外は最初に連れて来られた部屋と変わらず、窓が無いため薄暗く、松明が一つ燃えているだけだ。
 No.100の体には包帯が巻かれていたが、傷はあまり痛まなかった。恐らく、治癒魔法を掛けられたのだろう。怪我をしたままでいられては、次の試合に響くというわけだろう。右手には再び封印が刻まれていた。殺し合いの間だけしか、封を解く気はないのだろう。
 様々に考えを巡らせていると、何者かが扉を開いた。少し身構えるが、入ってきたのは銀髪の美少女だった。
「起きたか」
 凛とした声で少女は言った。年齢はNo.100と変わらないくらいだろうか。薄汚れている割には美しい長髪を揺らしながら、向かい側のベッドに座る。同室者のようだった。魔物には人間の男女同室などどうでも良いのだろう。
「傷の具合はどうだ? そこそこの重症だったようだが」
 No.100は一瞬逡巡して、人間相手に沈黙をする必要もないかと素直に答える。
「問題無いな。こんなにすぐ傷を癒せる魔法があることに驚くくらいだ」
 No.100の返答に満足したのか、少女は薄く笑みを浮かべ、細く白い腕を差し出す。
「それは良かった。私はNo.1。ここではユキノハと呼ばれているよ。私が氷の刃を扱うところから誰かが付けたみたいだね。君の同室者になる。異性だから不便なこともあるかもしれないが、同じ人間同士仲良くしてほしい」
 No.100はその手を取って握り返す。その手は少しひんやりとしていた。
「ここでは本名よりも二つ名を使うことが多いんだ。連れて来られる時に記憶を失っている者も多くいるからね。ちなみに君が殺した男はスイダンと呼ばれていたね。捻りの無いことだが。本名は誰も知らないようだ」
 ユキノハはそこで一息置き、No.100に尋ねる。
「ところで君は自分の二つ名を知っているかい?」
「いいや」
「そうだろうね。君は今起きたばかりなのだから。君は、二つ名で呼ばれたいかい?」
 No.100は質問の真意を量りかねて、質問を返す。
「それは、どういう意味だ?」
「君の二つ名が『ルーキー』だからさ」
 二つ名が「ルーキー」とはどういうことだろうか。No.100は考える。これが通り名になるのなら、自分の次に入って来る人間はどうなのだろうか。それにここでの二つ名は名前としてそのまま使い続けられるはずなのに、いつまでも新入りはおかしい。
「これにはわけがあって、それは君が永遠に一番新しく入ってきた存在になるかららしい」
「永遠に一番新しい?」
 ユキノハは複雑そうな表情を浮かべて言う。
「ああ。君はこの殺し合いの『最後の』参加者。ここから先は参加者が増えることなく、ただ減っていくだけ」
「なるほどな」
 最後の参加者。それは被害者がこれ以上増えないということと同時に、希望が小さくなったということの証左でもあった。例えば反旗を翻すチャンスが来たとして、人間側はそのチャンスが来るタイミングが遅ければ遅いほど苦しい戦いを強いられる、ということである。また、新しく強大な魔力を持った人間が入って来ることも無く、今いる人間でどうにか脱出方法を考えなければならないということでもあった。
「それはともかく、君のことはルーキーと呼んでいいかな?」
「ああ」
 ルーキーは少し苦笑を浮かべながら頷いた。変な名前だが、悪くはないかと思いつつ。
「それじゃあ、この施設の中を案内しよう。いくつか知っておくべき場所もあるからね」
 そう言いながらユキノハは立ち上がった。
「分かった。それはありがたい」
 ルーキーはユキノハに続いて、この薄暗い部屋を後にした。

リレー03

えらく時間がかかり申し訳なかったが、リレーNo.03始めるザンス。

                                                                          • -

 光の先はコロシアムだった。観客席は円形に広がっており、無数の歓声が降りかかってくる。三千といる観客は全て人間ではなかった。角が生えている者、翼を生やした者、蛇のような胴体の者など、見回す限り魔物しかいない。
 No.100は前を見据えた。どうやらこのコロシアムの中心の闘技場には、二つ出口があるらしい。その一つは今No.100の背後にある扉。そしてもう一つは向こう側にあった。そしてその扉の前には、一人の少年が立っていた。魔物ではなく人間だ。年はNo.100と同じくらいだろうか。右腕にはNo.82と刻まれている。どうやら彼も魔法を使えるらしく、その体から魔力が感じられる。その量は恐らくNo.100と同程度。
 No.82もNo.100を見返していた。その瞳には憐れみと、恐怖心が映っているよう。時折不安げに目を泳がせている。彼には今からここで何が起こるのかが分かっているようだった。嫌な予感がした。No.100は少しでも情報を得ようと、隈なく周囲を見渡す。
 観客席と隔たれたこのフィールドには、二人以外誰も立っていない。出口にはいつの間にか鉄格子が下りており、出られないようになっている。観客席には数多の魔物。一様に半券のようなものを握りしめている。ああ、そうか。No.100は独り頷く。きっとここでは人間を競わせているのだ。しかもまともではないやり方で。
 目を少し移すと、観客席の奥に一際豪華な席が用意されているのが見えた。そこには巨大な体躯を持つ男が座っている。外見は人間に近いが、頭から二本の角が生えている。煌びやかな装飾に身を包んでおり、相当位の高い魔物であることが伺える。恐らくこの男が主催者なのだろう。そして村を滅ぼし、No.100をここへ連れてきた主犯。
 No.100は思わず拳を強く握りしめた。No.100の村は魔物たちに突然破壊された。大勢の魔物が突如として村を取り囲み、攻め入ってきたのだ。何が目的かは分からないが、No.100がわざわざ生かされて、なおかつここに立たされている状況を考えれば、ある程度の予測はできる。少なくとも、このショーを開催するためであることは確かだろう。そして恐らくそれだけではない何かが、裏にはあるはずだ。そうでなければ、あんな大軍を動員させる意味は無い。
 思考がそこまで進んだところで、一体の魔族が翼を羽ばたかせて、フィールドの中央に降り立った。ちょうどNo.82との直線上。No.100は殺してやろうかと思ったが、意味の無いことだと諦める。こいつ一人を殺したところで替えはいくらでもあるだろう。反逆の牙を見せるのは、最後の瞬間だけでいい。
「これより、No.82対No.100の対戦を始めます! まずはルールを確認します」
 魔族は観客にも聞こえるような大声で話し始めた。
「ルールは単純明快。殺し合って、生き残った方が勝者です。そして勝ちを重ねて百人の頂点に立てば、この施設から脱出することができます。頑張って勝ち残ってください」
 醜悪な笑みを浮かべて魔物はNo.100を見る。意味の無い約束だ。No.100は思った。勝ち残ったところで、その約束が果たされる保証はどこにもない。
「制限時間は三十分。引き分けの場合は十分の延長。それでも決まらない場合は、両者とも敗者とみなされます。敗者の行く先は言わずもがな。注意してください」
 気持ちの悪い笑い声を上げて、魔物は人間二人を見る。時間内に殺し合いが終わらなければ、両方ともが処刑。つまりはどちらかは必ず死ぬというわけだ。No.100は恐怖心を感じながらも、冷静でいるように努めた。ここで焦って死ねば復讐も何もない。やるしかない。
「さあ、では張り切ってまいりましょう。流麗なる水の繰り手No.82対期待のルーキーNo.100!」
 No.100は身構える。相手がどれほどの使い手であろうとも負けるわけにはいかない。負ければそこで全てが終わり。村のみんなの仇を取るためには、ここで勝たなければならないのだ。殺さなければならないのだ。たとえそれが人間相手だとしても。
 重く激しい銅鑼の音が響いて、愚かな殺し合いは始まった。

リレー01

リレー小説。タイトル未定。
参加者はkitsunoka、俺、以上。
では、先手行きます。

                                                                          • -

 目が覚めた時、そこに見えたのは薄汚れた天井とその隅に作られた蜘蛛の巣だった。起き上がるとそこが狭い独房であることに気付く。
「痛っ」
 腕に痛みを感じる。あの時の怪我が治りきっていないようだ。右腕を見ると、「No.100」と書かれている。いや、刻まれている。そしてそれは薄くだが赤く光っていた。忌々しい記憶が蘇る。そして理解する。これは管理番号だ。きっとこれからは奴隷として働かされるのだ。
 No.100は古びたベッドから降りて立ち上がる。足にも痛みが走ったが、大した怪我ではないようだ。それに傷には包帯が巻いてある。あまり衛生的なものではなかったが。
 部屋の中を見回す。出入り口は一つだけ。重い鉄の扉が置かれている。全体的に錆びついていて、普通に開けるのにも苦労しそうだ。押したり引いたりしてみるが、当然堅く閉ざされている。
 部屋の中は全体的に薄暗く、天井から裸電球がぶら下がっているだけだ。窓も無く、汚物入れと、ベッドがある以外は何もない部屋だった。
 No.100はベッドに座って考える。どうやってここから脱出するか。どうやって復讐を果たすか。どす黒い感情が心を満たしていく。村を襲ったあいつらをどうすれば殺せるのか。いや、殺すだけじゃ足りない。ありとあらゆる苦しみを味あわせてやらなければ。そうでなければ、目の前で死んでいった家族に申し訳が立たない。
 しかし良い案は浮かばなかった。そもそも情報が少なすぎるのだ。ここはどこなのか。どうして殺さずに連れて来られたのか。一体何をさせるのか。しかし嫌な予感だけは纏わりついていた。気持ちの悪いじめじめとした感覚が。
「No.100、出ろ」
 突然扉が開かれた。そこには猛禽の顔をし、首から下は人間のモンスターが、短い棒のような鞭を構えて立っていた。その鋭い視線は、どうやって理由をつければこいつを殺せるだろうか、とでも考えているように冷たく殺気を纏っている。
 こいつを魔法で殺してしまえば。No.100は考える。しかし敵はこいつ一人ではない。今の状況でこいつを殺しても、他の奴に殺されるだけだ。それに。右腕を見る。赤く光る刻印。そこからは魔力が感じられた。奴らだって馬鹿じゃない。魔法を使えないように封印を施しているはずだ。この刻印はきっとその証。
 ならば抵抗をする意味も無い。No.100はあくまでも従順な素振りをして、看守らしい魔物の後をついて行った。その心には、いつか復讐してやるという陰惨で揺るぎない思いを抱いて。

大泥棒と水の姫君(仮)第二章05a

更新頻度が下がってきたので更新。第二章開幕。第二章のプロットはいまいち完成してないけれど見切り発進。それに加えて書き溜めも無いけれど。


第二章

 その後は、特に問題無く下水道を進むことができた。怪我したミリアの右腕には、クロウの取り出した包帯を巻いて応急処置をした。そしてブロブのいたところを抜けると、すぐに外の光が見えてきたのだった。
「ようやく外が見えてきましたね」
「ああ。だが油断するな。外に見回りの兵士がいないとは限らないからな」
 ミリアはブロブを退けて楽観的になっていたが、クロウは全く気を抜く様子がなかった。
「ミリア、外の様子は聞こえるか」
 そう言われてミリアは耳を澄まして探ってみるが、水の流れる音と、鳥の鳴き声くらいしか聞こえなかった。見回りの兵士はいないらしい。
「大丈夫みたいです」
「よし」
 クロウは一旦先行し、外の様子をうかがう。ミリアは少し過剰に思ったが、同時にクロウの生きてきた世界の厳しさを感じた。
 クロウが手招きする。どうやら敵はいなかったようだ。ミリアは頷いてクロウに駆け寄る。しかし途中でよろめいて転んでしまった。
「大丈夫か」
 クロウが近寄って、ミリアに手を差し出す。ミリアはその手を取って立ち上がる。
「大丈夫ですけど、ちょっと疲れちゃったのかもしれません」
 ミリアは苦笑いして答えた。そんなに疲労を感じていたわけではないが、緊張と興奮で感覚が麻痺しているのかもしれない。
「もう少し進んで町から離れたら、一旦休憩しよう。そこまでは頑張れ」
 クロウは優しくミリアに声をかけた。ミリアはできるだけ元気良く返事して、歩き出す。
「しかしあのマジックアイテムは凄い威力でしたね」
 ミリアがそう切り出すと、クロウはマジックアイテムについての説明を加えた。
「あのマジックアイテムは手榴弾というらしい。確か火の国に行ったときに盗んだものだったかな。マジックアイテムとは言うが、実際に魔力は宿っていないらしい」
「それならなぜマジックアイテム扱いなんですか?」
 ミリアが訪ねると、クロウは少し思案顔になった。
「今の技術では再現できないからだ。最高の技術を持つ火の国であってもな。いったいどこから来たのかも分かっていない」
「なるほど」
 存在し得ないもの。ミリアはそれがどこから来たのか、少しだけ心当たりがあった。
「もしかしたら、『禁断の地』から来たのかもしれませんね」
「禁断の地……」
 禁断の地は、限られた者以外入ることのできない土地のことである。土地の内部については一切が禁忌とされ、一部の王侯貴族以外はその中に何があるのかさえ知らない。水の国から樹の国を挟んで反対側にあり、理想郷だとか魔物の蔓延る地だとか、噂は絶えない。
「禁断の地なら、何があっても不思議じゃありませんから」
 かく言うミリアも禁断の地のことは知らない。彼女の父ならば知っているかもしれないが、話は聞いたことがなかった。
「確かにな。あんなものがざくざく出てくるのなら、俺も行ってみたいものだ」
 そう言ってクロウは笑う。クロウの緊張もある程度解けてきたようだった。警戒はしつつも、談笑して歩く余裕がある。
 水の国の城下町の外には、草原が広がっている。しかし少し南西行くと森が見えてくる。二人が向かっているのはその方向だった。そちらには巨大な湖があり、それを越えると風の国との国境がある。クロウの計画では、巨大な港町を擁す風の国に向かい、そこから適当な国へ逃げる。
 草原は見晴らしが良かったが、門から遠いからか誰も見受けられない。聳える城壁の内には見張り台もあるだろうが、その距離から二人の顔を見分けられるはずもない。追っ手は来ないようだった。
 しばらく歩いて行くと、森が見えてきた。川が多く気温も適した水の国では、植物が育ちやすい。湿地帯も多くあり、多様な生態系が見られる。
「森に入ったら、休憩にするか。あそこならもし兵士が来ても隠れやすい」
 クロウはここまで来ても、警戒心を完全に解くつもりは無いようだった。ミリアはそんなクロウを頼もしく思うと同時に、そんなに気を張って生きて大丈夫かなと心配するのだった。もちろん、危険な状況にあることは理解していたが。

大泥棒と水の姫君(仮)第一章04c

これにて第一章終了。しかし先は長い。


「これが最後の曲がり角だな」
 クロウが言う。しかしミリアは安心していなかった。角を曲がったら、あの魔物がいる可能性もある。その可能性を考慮できないほどミリアは愚かではなかった。だから道の先から聞こえてくる小さな物音にも素早く気づくことができた。
「何か聞こえます」
 それは何かを引きずるような気味の悪い音。あの時聞いた音と同じだった。間違いなくブロブがこの先にいる。
「この先に、あの魔物がいます」
 そう言うと、クロウは少し考えて返事をした。
「なら、一旦戻ろう。それで奴がどこかへ行くまで待つ」
 確かにそれは自らの安全を考えれば、一番良い作戦だった。無駄な戦闘を行うくらいなら逃げた方がまし。しかしミリアはそれに賛成できなかった。
「でも、あれを放っておいたら危険です。せっかく対処方法もわかったんですから、私たちで倒してしまいましょう」
 反対されるのは分かっていた。でも言わざるを得なかった。ミリアは非公式とはいえ、姫なのだ。だから自国の危険を放っておくわけには行かない。
「……仕方ない。ならやるか」
 クロウが返した言葉は、予想と逆だった。
「いいんですか!」
 ミリアは喜びと戸惑いを隠せない声を出す。
「どうせ言っても聞かないんだろう?」
「まあ、そうですけど」
 そう言ってミリアは微笑む。クロウはやれやれと頭をかいた。
「なら、早く行くか」
 クロウはそう言いながら、装備を整えた。リュックを漁って、武器を取り出す。その中にはミリアが見たことのない物があった。
「それは何ですか」
 クロウの取り出したそれは、長円形をしていて、上から金具のような物が伸びている。ミリアは昔食べた南方の果物を思い出した。酸味の中に甘みがあって美味しかったのを覚えている。あれは外見も中身も黄色かったが、クロウの持つそれは深い緑色だった。
「『マジックアイテム』だ。さっき言っていたのがこれだ。威力はあるが、一回しか使えない。もしもの時のためにな」
 クロウはそれをポケットに入れて、「行くぞ」とミリアに言う。
「作戦はどうするんですか」
「この先は直線一本道だ。正面突破しかない。お前が奴に有効な魔法を浴びせて、核が露出したところで俺がそれを攻撃する。核が露出しなかったら、『これ』で終わらせる」
 クロウはポケットのそれを指した。ミリアは頷いてクロウの前に出る。
「それなら私が先に出ますね」
「ああ。気をつけろよ。この衛生環境だと少しの傷が致命傷になりかねないからな」
「はい」
 ミリアは力強く答えた。クロウには頼りっぱなしなので、自分が役に立てるということが嬉しかった。だからといって浮かれているわけにもいかない。相手は王国兵士を軽く一層するような魔物なのだ。
 ミリアは深呼吸をして感覚を研ぎ澄ませる。曲がり角の向こうからは這いずる音が聞こえてくる。距離は少し遠い。呪文詠唱の時間を考えれば、ちょうど良いのかもしれない。
 クロウにアイコンタクトをして、ミリアは角から飛び出す。通路の少し先に気味の悪いブロブの姿があった。そのどす黒い赤は先ほどより黒ずんでいるように見える。おそらくあの色の中には、犠牲になった兵士の血の色が混じっているのだろう。
 ミリアはブロブを見据えて、脳内で魔法を組み立てていく。魔法の威力はこの作業をどれだけ正確に行うかで決まるといっても過言ではない。ミリアは意識を集中させ、魔法を練り上げていく。そして練り上がったところで呪文を唱え、魔法を実際の現象へと変換する。
「マナより出でし火のエレメントよ、我が敵を焼き付くせせ!」
 ミリアはその手をブロブに向け、炎の奔流を放つ。ミリアのマナから生まれた炎は、通路の中を埋め尽くすように流れていく。その熱はブロブを包み、その体を焼き尽した。
「クロウさん!」
 ミリアが叫ぶより早く、クロウはミリアの前へ駆けだしていた。そして炎の止まぬ間に風の魔法を詠唱する。
「風よ、我が敵を切り裂け!」
 巨大な風の刃が炎を押し退けながらブロブに襲いかかる。ブロブは炎に消されなかった体を集めて風の刃を防御する。
「行けるか」
 クロウが呟く。その次の瞬間、ブロブが風の刃を弾くのが見えた。ぶよぶよした体はすぐに再生し、触手のように伸びて敵対する二人を狙う。
「きゃ」
 クロウはとっさにミリアを引き寄せる。その瞬間ミリアの体を槍のように伸びた触手がかすめた。ミリアの右腕から出た血が服を汚す。大きな傷ではなかったが、あまり良い状況とは言えなかった。
「大丈夫か」
「おかげさまで。でも、怒らせちゃったみたいですね。もう一度魔法を唱える隙を与えてくれるかどうか」
 ブロブは複数の触手をその体から伸ばして、二人を狙っていた。魔法で傷ついた箇所はすでに回復しており、すぐには核を狙えない。もう一度さっきの作戦をやり直さなければならない。
「やはりこれを使わなければならないか」
 クロウはポケットのマジックアイテムを見る。
「使うにしても、これ一発で奴の体を全て破壊できるとは限らないから、もう一度魔法を打つ必要があるな」
 そう言っているうちにも、ブロブの触手が再び飛んでくる。クロウはミリアの手を引きながら、曲がり角へ一時退却する。
「どうするんですか」
 ミリアは内心、不安で一杯だった。ブロブの動きは思ったよりも俊敏で、その一撃は必殺の威力を持っている。先ほどの攻撃も、クロウに引き寄せられなければ死んでいただろう。腕の痛みがそれを証明している。ブロブに勝負を挑んだことを後悔してはいないが、だからといって恐怖を打ち負かすことはできなかった。
「どうするも何も、隙が無いなら作ればいい」
 クロウは自信満々に言い放つ。まるで負けることはあり得ないというように堂々と。
「俺が奴に隙を作る。お前はその隙を突いてもう一度魔法を当てる。最後にこれを使って、作戦終了だ。いいな?」
 クロウは畳みかけるように言って、ミリアに反論させなかった。そしてミリアの返事を待たずに、ブロブのいる通路へ飛び出していく。
「あ、クロウさん!」
 ミリアの声にも振り向かず、ブロブに向かっていく。その姿を見て、ミリアは不器用な人だなと思った。クロウはきっと勇気づけようとしているのだ。不安に怯えるミリアを。そのために反論の隙を与えず、勇敢に飛び出していったのだ。
 ミリアは深呼吸をした。ここまでクロウに頼って、自分だけ怯えているわけにはいかない。ミリアは頬を張って、自信を奮い立たせる。そしてクロウを追って飛び出していった。
 クロウはブロブ相手にナイフと魔法で対抗していた。近づいてくる触手をナイフで切り裂き、風の魔法でダメージを与えていく。そのダメージはすぐに回復してしまうのだが、クロウの攻撃は凄まじかった。防御面でも、飛んでくる触手の一撃をひらりひらりと回避していく様子は、まるで踊っているようにも見えた。
 ミリアはそんなクロウを信じて、魔法を作り始める。集中して、ブロブを凌駕する力をイメージし、それを確実に練り上げていく。恐怖はすでに消えていた。想像の炎はミリアの魔力を糧として、現実の力に変わっていく。
「マナより出でし火のエレメントよ、我が敵を焼き付くせ!」
 ミリアはブロブに向けてありったけの力を込めた炎を放った。炎の奔流はブロブの体を再び包み込み、焼き尽くしていく。
「クロウさん!」
 クロウは炎が爆ぜる絶妙なタイミングで距離を取り、ポケットの中を探った。そこには絶大な威力を秘めた『爆弾』がある。その名は『手榴弾』と言うらしい。クロウはミリアの呼びかけに応じて、その封を解くピンを抜いた。
「ミリア、耳を塞いでおけ」
 炎を掻き消さんと足掻くブロブに、手榴弾は投げられた。爆発までの数秒の間に、ブロブは再生を試みるが、炎の勢いはそれを許さない。
「食らえ、クソ野郎」
 ミリアがその耳に手を当てた瞬間、苛烈な光が炸裂した。爆音が鳴り響き、発生した巨大な熱量と爆風に、思わずミリアは尻餅をついた。
 巻き上げられた煙が徐々に消えていく。あんな爆発の中でも、クロウは平気そうだった。冷静に煙の向こうを見つめている。しかし、その先に動くものは無いようだった。
 煙が消えた後、そこに見えたのは、所々崩れた壁と動かなくなったブロブの体だった。ぶよぶよしたゲル状の体は波打つことなく散らばり、もう動くことはなさそうだった。
「やりましたね!」
 ミリアは喜びの声を上げる。
「いや……」
 クロウは何かを探すように歩いていく。すると何かを見つけたようだった。
「それは?」
 ミリアがクロウの見る方を覗くと、小さな赤いぶよぶよしたものが蠢いていた。
「核だな」
 驚いたことに、ブロブはあの爆発の中でも核を守りきったらしい。しかしもう活動する余力は無いらしく、移動することもできないようだった。
「これでとどめだ」
 クロウはそれを勢いよく踏みつぶした。ブロブの核はぐしゃり潰れ、赤い液体が飛び散った。
「さあ、行くぞ」
 クロウは再びミリアの手を取って歩き出す。歩きながらミリアが振り返ると、無惨なブロブの遺骸が目に映った。ミリアはブロブを少し可哀想に思ったが、これが戦いなのだと思考を振り切った。

大泥棒と水の姫君(仮)第一章04b

久々に更新。現実逃避である。

「もう行くんですかっ」
 ミリアが抗議の声を上げる。
「行程が大幅に遅れてるからな。遅くなればなるほど見つかる可能性は増える」
「あのモンスターはどうするんですか?」
 クロウは押し黙った。あれを倒す方法はあるが、その保証はない。今まで何度か魔物と戦ったことはあるが、あのタイプのとは交戦経験がない。
「おにいちゃんたち、あれと戦うんだったらここに本があるよ」
 そう言うと、エルは本棚から一冊の辞典のような分厚い本を取り出す。表紙には魔物図鑑と書かれている。
「こんなものがここにあるなんてな」
 魔物図鑑は結構高価な本だ。昔盗んで売却したが良い値になった。中には魔物の生体について、今分かっていることが結構詳細に書かれている。イラストが付いていて、その魔物の姿も分かるようになっている。その時は必要なかったので、中身はパラパラめくっただけで読まなかったが。
「確かにこれがあれば、対策は練れそうだ」
 クロウはエルから魔物図鑑を受け取って、そのページをペラペラとめくっていく。そしてそれらしき魔物の絵が描かれているページを探し当てる。
「これだな。名前はブロブ。ジェル状の体の中心に核があり、それを攻撃することで倒すことができる」
「これで必勝ですねっ」
 ミリアが嬉しそうに言うが、クロウはそれを完全に肯定できない。なぜなら課題があるからだ。
「しかし問題は奴がこの図鑑に記述されているよりも明らかに大きいことと、どうやって核を露出させるかだな。核を叩くにしても、あのぶよぶよした体が邪魔だ」
 クロウはそう言いながら、ブロブの項をさらに読み進める。
「火や雷の魔法に弱いか」
「私、できますよっ」
 ミリアが目を輝かせて主張する。汚名返上を狙っているのだろうか。
「ならあれは使わなくていいかもな」
「あれ、ですか?」
「マジックアイテムだ。一発しか残っていないから、使いたくないんだが」
「なるほど」
 クロウはエルに魔物図鑑を返して、出ていく準備をする。ブロブと交戦しないなら万歳だが、戦わなければならない予感がする。
「それじゃ、さよならだ」
 クロウは扉の外を伺いながら扉を開け、エルに告げる。
「さようならです」
 ミリアもそれに続いて扉の外に出ていく。
「さようなら」
 エルは手を振ってそれを見送った。クロウは松明をつけ、再びミリアの手を握った。

 物音に気をつけながら、下水道を歩いて行く。何か異変があればミリアの耳が聞き取ってくれるので、いつもよりクロウの気は楽だった。しかし同時に護衛対象があるということでもある。一度戦闘になれば、気苦労は増えるだろう。
 クロウは地図を取り出してルートを確認する。本来の道からかなり離れてしまったので、修正しなければならない。しかしブロブの行った方向などを考慮に入れると、結局戻るのが一番手早そうだった。
 松明の灯火で足下を照らしながら進む。ブロブは火が弱点のようだが、松明に怯えることはなかった。それを考えると火を消した方が遭遇する危険性が低くなる。しかし消してしまうと、今度はミリアとはぐれかねない。足下も不安定だ。
 クロウはそんなジレンマを感じている自分がおかしくなる。今まではそんな悩みを抱いたことはなかった。いつも一人で盗みをこなしてきたからだ。もし一人なら、迷うことなく松明を消して、上から漏れ出るわずかな光をもとに進んでいっただろう。それができる自信もあった。しかし今は違う。誰かを気遣いながら進んでいるのだ。このような経験はクロウに無く、どうしてこうなったかを思い返してクロウは心の中で笑った。
 ブロブに襲われたT字路まで戻ってきた二人は、そのまままっすぐ進む。本来ならこっちがジョン・キューに教えられたルートだ。ブロブのせいでそっちに進むどころか逆方向に走らされてしまったが。
 進むに連れて血の臭いが強くなってきた。おそらく、ブロブと戦った兵士のものだろう。ミリアの握る手がにわかに強さを増した。
 そのまま歩いていくと、松明の光が兵士の武器と思われるものを映した。そのそばには血痕もある。
「あまり見ない方がいい」
 クロウがそう言うと、ミリアは黙って頷いた。臭いだけでもだいぶん辛く感じているようだ。
 その先に進むと、凄惨な光景が広がっていた。荒事には慣れているクロウだったが、それでも少し気分が悪くなるほどだった。
 兵士の武器や防具が散乱しており、壁にはおびただしい量の血が塗られている。下水の中には捻り切られた手と思われるものが浮いており、床には首が転がっていた。
 クロウはそれを避けて歩く。かわいそうだとは思うが、弔ってやる余裕はない。様子を見に来た別の兵士がやるだろう。
 ミリアは薄目を開けながら、歩いているようだった。手は微かに震えている。クロウはその手を引き寄せるようにして、先導していくのだった。
 惨殺現場を抜けると、ミリアが大きく深呼吸した。
「はあ……。少し気分が悪くなりました」
「少し休むか?」
「大丈夫です、それには及びません。でも、あの人たちはあのままにしておくしかないんですね」
「後で誰かが始末するさ」
「……それでも少しかわいそうですね」
 ミリアは悲痛そうな表情でそう言う。心から悲しんでいることは、その声色からも読み取れる。しかしクロウとしては少し心配だった。他人を悼むのは構わないが、それが彼女にとっての重みになるのではないか。だからクロウは言う。
「誰かを気にしてばかりでは生きていけない。感傷に浸るのはほどほどにな」
 ミリアは何か考えるように瞼を閉じて、そして頷く。全て振り切ったわけではないだろうが、それでも今は構わなかった。とりあえず、今動ければいい。
 クロウとミリアは下水道を進んでいった。幸運にも敵には出会わなかった。警戒していたブロブは別の場所を徘徊しているのだろう。もうすぐ出口に着く。最後まで出会わなければいいが、とクロウは願った。しかし嫌な予感は頭から拭い去れなかった。

TRPG的シナリオ創作方法論

今日はもう一つ書いてみよう。

TRPG的シナリオ創作方法論

 TRPGのシナリオは、半分小説のプロットみたいなものである。しかしそれはプレイヤーの動きの想定、つまり多くの可能性を考えるという点で、プロットと違ってくる。普通小説のプロットなら、主人公の動きの可能性を考えるは無い。なぜなら主人公は勝手に動かないからだ。しかしTRPGなら勝手に動く。だからできるだけ可能性を考える。シナリオが崩壊しないように。これは小説を書く上でも役に立つ考え方だと思う。
 このシナリオ創作方法論を採用するならば、まず主人公はあまり想定しない方がいい。想定してもいいが、できるだけ離して考えるべきである。あまり主人公を当てはめて行動を考えると、多くの可能性を考えにくくなるからだ。

*やり方

1.事件を考える
 別に他から考えてもいいのだが、とりあえずここからやるとやりやすい気がする。事件がショッキングだと、構図もショッキングになりやすいからだ。それは面白さにも関わる。
 ここで言う事件と言うのは、ストーリー上で起こる問題のことである。殺人事件から愛の告白まで、色々あるだろう。事件が何も起こらない話はまず無い。あったら知りたい。だから事件から考えるのがベターなのだ。

2.理由を考える
 次に事件の起こる理由を考えよう。原因が無ければ問題は発生しない。理由なき事件はただのご都合主義である。

3.主人公と事件の関わり合いを決める
 ここで主人公がどうやって物語に登場するかを決める。主人公の背景設定が決まってくるわけである。

4.その他設定を考える
 ここまでで設定はある程度出ているだろうが、他にも必要そうな設定を決める。舞台、時間、日付、他の登場人物などなど。

5.シナリオの流れを想定する
 ここまでである程度シナリオの流れは決まっているだろう。そこである程度、主人公がこうしてくれればいいな、というのを考えて、シナリオプロットを考える。つまり全部スムーズに行くパターンを想像する。主人公がここでこうしてくれれば都合がいいとか。

6.可能性を考える
 このシナリオ創作方法論の主題でもある可能性の模索。自分が主人公だったらとか、こんなやつが主人公ならとか、色々考える。そしてどの場合「詰む」か考える。詰む場合、どこにどのようなテコ入れをすれば物語が進むか考えるのだ。ここまで考えたらTRPGのシナリオ的には完成である。

7.主人公の性格を決める
 ここからはTRPGであれば実プレイに相当する。主人公がどんなやつか決まれば、物語は勝手に進んでいく。主人公の性格が変われば、物語の進み方も変わる。他の人に手伝ってもらうのもありかもしれない(TRPGをプレイするかのごとく、適当に主人公を考えてもらってシナリオを進んでもらうとか)。

8.書く
 ここまで決まっていれば、書きだして問題無いはずだ。事件の構造が決まっているのだから、途中で詰むことは無い。その対策もしたわけだし。


こんな感じだろうか。
意見などあればどうぞ。
ちなみに筆者はこれを使って小説を書き上げた記憶は無い。
長編はこういう感じでプロット立てて進めた方がいいのかも。