大泥棒と水の姫君(仮)第一章04a

 しばらく用事で更新無しの予定。

「風よ、我が敵を切り裂け」
 クロウは素早く呪文を唱え、自身の魔力で風を発生させる。そしてその風を圧縮し、風の刃として迫り来る魔物に放った。
 風の刃は魔物の体の一部を切り裂いたが、その進行は止まらない。それどころか切った部分をすぐに再生させ、速度を上げて迫ってくる。
「だめです、クロウさんっ。効いてません!」
 そうミリアが言う前にクロウは動いていた。効いていないと知るやいなや、迎撃行動を一時停止し、逃げの体勢に入る。
「ああ。とりあえず、どうにかして撒くしかない」
 ミリアの手を引いて走り出す。敵はかなり近づいてきていた。このままではすぐに追いつかれるだろうから、走りながら打開策を考えるしかない。
「どうにかしてって、どうするんですかっ」
 ミリアは辛そうな顔で言う。体力はあまり残っていないようだ。長い間逃げ続けることはないだろう。
 クロウは辺りを観察する。使えそうなものがないか。足止めに使えそうなものがないか。しかし下水道にそんなものが転がっているわけもなく、クロウは悩んだ。
 あれを使うしかないか。クロウはリュックの中に入れてあるマジックアイテムを思い浮かべる。それを使えばおそらくダメージを与えることができるだろうが、倒せるかは分からない。それに大きな音がするため、いらぬ敵を呼び寄せるかもしれない。
 しかし止むを得まい。迷っている時間はない。後ろの敵はすぐそこまで迫ってきているのだから。クロウは後ろを振り向こうとした。
「こっち!」
 突然、声が響く。前方で扉が開いた。その扉を開けたのは、さっき地上で助けた少年のようだった。
 クロウはこれ幸いと、飛び込むように扉の奥へ走り込む。ミリアもそれに続いた。そして二人が中に入ったと確認した瞬間、少年は鉄の扉をすぐさま閉じる。
 ずるずるという魔物の不気味な足音が扉の向こうから響いてくる。クロウは身構えたが、魔物は扉の中へ入ってくることなく、通り過ぎていったようだ。
「行ったか」
「そうみたいですね」
 ミリアはほっと胸をなで下ろす。クロウもやれやれだ、とため息をつく。
「大丈夫? おにいちゃん、おねえちゃん」
 少年が訪ねる。クロウはそれに笑って答えた。
「ああ。おかげで助かった。ありがとう」
「良かった」
 少年も笑顔になる。
「本当にありがとうございます。えーっと」
「エル」
「エルさん。私はミリアって言います」
 ミリアは丁寧に礼をする。自分より年下の少年エルに対しても礼儀正しく接しているが、声音は心なしか優しい。
「クロウだ」
 クロウは短く名乗って、辺りを見回す。二人が飛び込んだ部屋は、本棚やベッド、机などが置いてあり、居住空間として使われているように見える。部屋の隅には梯子が掛かっている。ここから上へ出られるようだ。大きさはそこまで広くなく、生活している人がいるなら、おそらく一人暮らしだろうと思われた。
「この部屋は?」
 クロウはエルに訪ねる。
「ここは管理人室。この下水道を管理する人が住んでたんだ。たまに魔物が進入したりするから、それを止めるんだって」
「なるほど。しかしここに住み込みで働くなんて、結構しんどそうな仕事ですね」
 ミリアは鼻をつまんだ。
「それで、その管理人はどこに行ったんだ?」
 クロウがそう訊くと、エルは少し悲しそうな表情をした。
「たぶん、あの魔物にやられて死んじゃった」
「それで兵士が来ることになったわけだな」
 クロウは納得して頷く。
「それでお前はここで何をしていたんだ? それにさっきも上で絡まれていたが」
 エルは少し悩むように唸ってから言う。
「うーん、遊びに来たって感じ? さっきはここに来ようと思って裏通りを走ってたらぶつかっちゃって」
 えへへ、とエルは照れ笑いをする。嘘を言っている様子はないようだ。疑問系が気になるところだが、おそらく微妙な関係だったのだろう。下水道の管理人も子供がこんなところに来るのを歓迎していたわけではあるまい。
「そうか。・・・・・・世話になったな」
 クロウは立ち上がって、ミリアに「行くぞ」と告げる。