大泥棒と水の姫君(仮)第一章03c

 ここ二日くらいまともに書いてなかったから、書き溜めが無くなったでごわす。だが大丈夫だ、問題無い。なければ書けばいいのだ。


「ここだな」
 町の裏路地の一角。誰も寄りつかない袋小路の先にその入り口はあった。鼻が曲がるような異臭がする。クロウはそこそこ慣れているので大丈夫だったが、ミリアは結構辛そうな顔をしていた。
「流石にすごい臭いですね」
 ミリアはしかめっ面で鼻をつまむ。
 水の国はその名の通り、水の加護を受けている国だ。故に水の魔法は発達し、また水を扱う技術も他の国の追随を許さない。しかしいかに水の国の技術が発達しているとはいえ、下水道の水を即座に浄化することはできない。いや、下水道がこんなに整備されているだけましなのだ。他の国では川に垂れ流しているところも多い。
「はぐれないよう気をつけろよ」
「私、耳は良いので大丈夫ですっ」
 クロウが注意を促すと、ミリアは耳をピコピコ動かしながら自信満々に答えた。クロウはため息をつかざるを得ない。
「はぐれてからのことを考えてどうするんだよ。はぐれないようにしろと言ったんだが……。まあいい」
「きゃ」
 クロウはミリアの手を半ば強引に握った。ミリアの顔が少し朱色に染まったが、クロウは気付いていない。
「俺たちは追われる身だ。十分に気をつけて進むぞ」
「は、はいっ」
 クロウは錠前を開けた扉を蹴り開け、ミリアの手を引いて、下水道に続く階段を降りてゆく。
 町には朝日が差してきたが、下水道の中はかなり暗い。町の地下を通り抜けるように作ってあるのだから当然といえる。
「暗いですね。私の魔法で明かりをつけましょうか?」
 ミリアが提言する。あれ以外にも属性が使えるとは、なるほどすばらしい魔法の才能だ、と思いつつもクロウはそれを断る。
「あまり魔力を消費するのは得策じゃないな。さっきので体力も消費しているだろうしな」
 暗さで表情があまり見えないが、ミリアは少しさっきのことを思い出して落ち込んでいるようだった。クロウが何か言ってやらないといけないか、と思っていると、ミリアは何かを振り払うように頭を降って、にわかに握る手を強める。
「そうですね。これから何がでてくるか分かりませんしっ」
「何か出てきたら困るけどな」
 クロウは一旦手を離してリュックから松明を取り出して火をつける。それによって光がもたらされ、二人をの周囲がよく見えるようになった。
 下水道の両側には道があり、その真ん中をどろどろした下水が流れている。道の至る所に蜘蛛の巣が張っていて、虫や小動物の姿も見受けられる。下水は澱んでいて、排泄物とともに色々なゴミが流れてくる。
 クロウとミリアは手を繋いで、狭い道を早足で歩いていく。急いでいるのは、言うまでもなく、兵士に見つかるかもしれないからだ。下水道は町の地下を張り巡らすように伸びているため、確かに見つかりにくいのだが、クロウは宝物だけでなく、姫までさらった大罪人なのだ。今頃地上では血眼になって捜索されていることだろう。
「何か聞こえます」
 分かれ道に差し掛かったところでミリアが言った。
「複数の足音。鎧を着ているみたいです。金属音がします。もしかしたら兵士かもしれません」
「どっちからだ?」
「あっちからです。こっちの方に向かってきているようです」
 ミリアはT字路の左側を指す。クロウはすぐさま松明を消した。相手が右折してくれば隠れるのは難しいが、そのまま直進してくれればどうにかやり過ごせる。
 思ったよりも兵士が来るのが早い。ジョン・キューの情報なら、普通はこんなことにならない。やはり本気で探しているからなのだろうか。それとも別に理由があるのだろうか。
 息を潜めて兵士が行くのを待つ。クロウにもようやく足音が聞こえてきた。兵士たちはゆっくりと辺りを警戒しながら移動しているらしい。
 クロウはミリアの手が微かに震えていることに気づく。緊張しているのだろうか。さっき喧嘩を売りに行ったときもこうだったのだろうか。クロウは握る手の力を強めて、勇気づけてやる。ミリアはクロウを見た。その瞳を見返して、大きく頷く。震えは収まったようだった。
 ゆっくりと流れる時間の中、兵士が通り過ぎるのを待った。足音から五人くらいの編成だと分かる。クロウはその程度の人数ならどうにかできる自信があったが、ミリアがいることもあり、なるべくことを構えたくはない。曲がらずに行ってくれ、とクロウは願う。
 兵士たちはクロウたちが見つめる中、道を直進していった。足音が聞こえなくなるまで待って、クロウはため息をつく。
「ふう。さあ、行くか」
「待ってください。まだ何か聞こえます」
 クロウは不思議に思いながらも、ミリアの言葉を待つ。
「焼ける音、魔法? 駆けていく足音。戦闘でしょうか?」
 そういった瞬間、クロウにもはっきりと聞こえる音が響く。
「悲鳴!」
 クロウに悪い予感がよぎる。これは何か変だ。こういう場合は早く移動するに限る。
「行くぞ!」
「でも、兵士さんたちが危ないみたいです! たくさん悲鳴が」
「バカ、あいつらで手に余るようなもんを俺たちでどうにかできるかよ」
 クロウは強引にミリアの手を引いて走り出す。前と違って、今度は彼女の言葉に耳を貸すつもりはない。本来のルートとは違うが、兵士の来た方へ曲がる。下水を飛び越えなくて良いのがラッキーだった。
 ずるずるずる、と何かが這いずって来る音が聞こえてくる。思ったより速度が速いようだ。ちらりと首だけ振り返ると、人の二倍くらいある大きさのぶよぶよしたアメーバのような物体がいた。暗闇の中で、血のようなどす黒い体がこぽこぽと波打っている。――どこからどうみても魔物だ。
「はあ、はあ、このままだと追いつかれそうです」
 ミリアが息を上げながらクロウに言う。クロウは迎撃しなければならないか、と覚悟を決める。魔法を使って逃げ切れたとしても、ここを出る前にまた障害として現れる可能性がある。他にも魔物が棲んでいる可能性もあり、ここで対峙した方がいいのかもしれない。