大泥棒と水の姫君(仮)第一章03a

 本作初の戦闘シーン。魔法とかの説明がやっとできる。ただしあんまり本格的には説明できないのであった。(テンポの問題で)
 そろそろ直したい部分とか増補したい部分が増えてきた。どのタイミングでやるべきか。


 長屋の通りを抜け、裏通りを二人は駆けていく。ここは長屋の通りに比べて活気に乏しく、酔っぱらいや浮浪者が地面に寝転がっているのが見られる。行き交う人の中には、厳つい顔をした怖そうな男やタバコをくわえて宿屋から出てくる女の人がいた。同じ町の中といえども、はっきりと雰囲気が変わるものだな、とミリアは思った。
 少し恐怖心はある。おそらく一人ならこんな場所を抜けることなどとてもできないだろう。多少魔法が使えるといえども、ミリアは未だ少女なのだ。
 ふと裏通りの住人の男と目が合って、慌ててそらす。ミリアは足を早めて少しクロウとの距離を狭める。疲れを知らない彼は、昨日大立ち回りを演じたところなはずなのに、それを感じさせない動きをしている。
 対してミリアは少し息が上がっていた。元からあまり運動が得意ではないのもあるが、昨日の逃避行の疲れが完全には抜けきっていなかった。それでもこれ以上迷惑を掛けるわけにもいかず、クロウが振り返る度、笑顔で答えた。いざとなれば魔法の力で肉体を補助すればいい、というのもミリアを強気にする原因だった。
 先を走っていたクロウが突然その足を緩めた。その先を見れば、数人の怖そうな若者たちが一人の少年を囲んでいる。少年はミリアよりもいくつか幼いくらいの年だ。かなり険悪な雰囲気で、今にも暴行が始まりそうだった。
「少し迂回するか」
 クロウは通りを左折して、迂回するルートへ抜けようとする。しかしミリアはそれを止める。
「クロウさん、あれはどう見てもいじめとかリンチとかの類ですよ。止めないと!」
 クロウはミリアの提言をばっさりと断る。
「だめだ。俺たちにそんな余裕はない」
「どうしてですか! クロウさんは義賊じゃないんですか? 弱い人たちの味方じゃないんですか?」
 ミリアはクロウの袖を掴んで、非難するように言う。しかしクロウは全く取り合おうとしない。
「俺は別に義賊を気取っているつもりはない。弱者の味方でもない。俺は俺のやりたいようにやってるだけだ」
「私は助けても、あの子は助けないんですか!」
 抗議するミリアに、クロウはミリアの瞳を見て諭すように言う。
「あのな、今とお前の時じゃ全てが違う。今の俺には大荷物があって、戦う余裕も時間もないんだ。わかるな?」
 ミリアは初めてクロウの口から自分が荷物であるという言葉を聞いて押し黙った。そして今のクロウの言葉には、それ以上に威圧感があった。
「ほら、行くぞ」
 クロウが先へ進もうとする。しかしミリアは動かない。非公式でも王女としてのプライドが僅かでもあったからなのか、それとも今まで自分が助けを必要とする側だったからなのかわからない。しかし今目の前で助けが必要な人を置いていくことはできない、と心の底から思うのだ。
「クロウさん」
 ミリアは振り返る彼の目を強く見つめて言う。
「私はあの子を置いていくことはできません。助けます」
 それを聞いたクロウは、頭を掻いてため息をつく。
「勝手にしろ」
 その言葉に笑顔を返して、ミリアは囲まれている少年の方へ向かう。その少年は集団の一人に襟首を掴まれて、今まさに殴られようとしているところだった。
「待ちなさい」
 ミリアは勇気を振り絞って声を出す。本当は怖い。足も微かに震えている。マントがあって良かったと思う。そのまま正面から喧嘩を売るなんて、そんな経験が皆無のミリアにはできそうもない。
「ああん?」
 一番手前にいた男がミリアに近寄ってくる。逃げ出したくなる心を抑えて、ミリアは毅然とした態度で言った。
「その子を離してください」
「なんでてめえにそんなこと言われなきゃなんねえんだ?」
 男は威圧するように上からミリアを見下ろす。
「大勢で囲って幼い子供を虐めるなど、外道のすることです。人のすることではありません」
「はあ? なめてんのか!」
 目の前の男が掴みかかってくる。ミリアは機敏にバックステップで避ける。話し合いで解決できないことは、最初からミリアにも分かっていた。だから少し魔法で肉体を強化しておいたのだ。このくらいの魔法は無詠唱でも行使できる。
 掴みかかられて黙っているわけにもいかないミリアは、目の前の男にお灸を据えるような気持ちで、魔法を唱え始める。
「マナより出でし水のエレメントよ、我が敵を水の針となりて拘束せよ!」
「こいつ、魔法使いか!」
 男が慌てて身をかわそうとするがすでに時遅し。ミリアが振るった手の先から水の針が形成され、男の服を地面に縫いつけ転倒させる。
 水の精霊の加護を受けたこの国では、水の魔法が行使しやすい。ミリアはそのおかげで、水の魔法を素早く完成させることができたのだった。
 ミリアは残りの男たちを見た。人数はあと四人。魔法で圧倒できれば、なんとかなる気がする。
「よくもやってくれたなあ、女ァ!」
 少年に掴みかかっていた男が前に出てくる。体格も一番大きく、この集団のリーダーのようだ。
「これはちょっとおしおきしないといけねえなあ」
 そう言った途端、男がミリアに向けて走り出す。ミリアは魔法で迎撃しようとするが、男の加速は想定を遙かに超えていた。ミリアはとっさにかわそうとするが、避けきれず、相手の拳を腕で受けた。
「魔法が使えるのは、お前だけじゃねえんだぞ」
 男がミリアを卑下するように笑みを浮かべる。ミリアは殴られて地面に転がされたが、マントがはだけなかったに安堵した。ここで正体がばれるのはまずい。万が一にでも兵士が騒ぎを聞きつけて来る可能性立ってあるのだ。
 ミリアはさっきの攻撃について考える。おそらく詠唱は最初の男を倒している間に済ましてしまったのだろう。それで肉体を強化して殴りかかってきた、というのが妥当だ。
 体格差がある以上、こちらも肉体が強化できるといえども、殴り合いは避けたい。普通の人間はそう何種類もの属性を使えるわけではないので、相手は接近戦しか仕掛けてこないだろう。となると、距離を確保した上で遠距離から攻め落としたい。
「お顔を拝見させてもらおうか」
 男がゆっくりと近づいてくる。ミリアはその間に詠唱を終えようと小声で呪文を口にする。
「おっとそうはさせない」
 男は急に飛びかかるように近づき、ミリアに掴みかかる。その衝撃で詠唱は途切れた。男が不振な顔をする。顔を見られたのかもしれない。絶体絶命のピンチだ。単純な恐怖と自分のふがいなさに涙が出そうになる。
 そしてマントが取られる、と思った瞬間。一陣の風が吹いた。