大泥棒と水の姫君(仮)第一章02c

 ミリアは14歳、クロウが16歳の設定。クロウは生まれ育ちや過去の関係で少し上に見えればいいなあ、という感じ。ミリアは年相応に見えるのかしら。見えないとしても、箱入りだから仕方ないで片づけるつもり。


 ミリアが目を覚ますと、肩に毛布が掛けられていた。そして結局あのまま寝てしまったことを思い出す。城から出てきてからクロウには迷惑をかけてばかりだなと、寝ぼけ眼をこすりながら思う。
 今何時だろう。地下室なので当然、朝日は入ってこない。外の様子を伺うこともできない。出発するのなら、早朝の方がいいだろう。
 そういえばクロウはどうしたのだろうと思い、椅子に座ったまま後ろを振り返ると、クロウはすぐ下の床に寝転がっていた。スペースが狭いため、足を折り畳んでいてちょっと寝にくそう。ミリアはクロウのずれた毛布を直してやった。少しの恩返しにもならないけれど、これがミリアにできる精一杯だった。
「お目覚めですかな」
 ジョンが階段を下りてくる。その手にはパンと目玉焼きと水が二つずつ乗ったトレーを持っている。
「ジョンさん、おはようございます」
「おはようございます。そろそろ時間ですから、クロウを起こしてあげてください」
 ジョンはそう言いながらクロウの上をまたいで、トレーをテーブルの上に置く。ミリアはクロウを揺すって起こそうとする。
「クロウさん朝ですよ。かわいい女の子が朝起こしてくれるシチュエーションなんて、今後訪れないんですから、観念して起きてください」
「まずそのシチュエーションが今後あるかどうかと起きるかどうかに因果関係は無いし、そもそもそんなシチュエーションが起こり得ないという保証はない! 俺はそんな寂しい奴じゃない!」
 クロウが機敏に体を起こす。ミリアが起こす前に覚醒はしていたようだ。
「じゃあクロウさん、彼女居るんですか?」
「未来に存在する可能性は大いにある」
「じゃあ居ないんですね」
「今はな」
「居ないんですね」
「……」
 ミリアがとどめの一撃を加えると、クロウは再び毛布をかぶって不貞寝し始めた。ミリアは満足そうにそれを見届けると、ジョンの持ってきたトレーの置かれたテーブルにつく。
「これ、頂いていいんですか?」
「ええ。ささやかなアフターサービスでございます」
 トレーに乗っているのは、暖かいクロワッサンと良い香りを辺りに振りまく目玉焼き、そして濁りのない水だ。水の国といえども、このような綺麗な水が飲めるのは上流以上の階級くらいだ。何の変哲もない朝食に見えるが、結構質の良いものが出されている。
 正直なところ、ミリアは外に出ればもう昔のような食事は一切できないだろうと思っていたので、この食事は純粋に嬉しかった。
「ありがとうございます、ジョンさん。では、いただきます」
「俺を無視して勝手に食おうとしてんじゃねえ」
 クロウが悪態をつきながら、向かいの椅子に座る。
「それに何がささやかなアフターサービスだ。しっかり金取ってるくせに」
「安くした部分がサービスでございますよ」
 ほっほっほと笑うジョンを横目にクロウは食事を口に放り込んでいく。食べ方からして、クロウは味より量を求めるタイプのようだった。
「ちゃんといただきますしないとだめじゃないですか。それによく噛んで食べないと」
 がつがつと食べるクロウをミリアが諫める。
「お前は俺の母親か。腹に入れれば変わんねえよ」
「ちゃんと噛まないと消化に良くないですよ。それにいただきますは?」
「別にいいだろ。そんなの」
「いただきますは?」
「……いただきます。なんで俺、やりこめられてるんだろう。ちょっと自分が悲しくなってきたぜ」
 クロウの朝食は心なしかしょっぱくなったようだが、気にせずミリアは自分のペースで食事を続ける。クロワッサンは焼きたてで、外はカリカリ中はふんわり、口に入れれば僅かな甘みが広がる。目玉焼きの黄身は半熟で、フォークで突くととろりと黄色が広がってゆく。白身と一緒に口に含めば、薄く塩がかかっているようで、舌に心地良い塩味を感じた。そして間に水の国自慢の水を挟めば、何度でもこのうまみを感じることができる。
 城ではもっと豪勢な食事を食べることが多かったが、しかしこのシンプルな食事はそれに負けずとも劣らない。何がそんなに違うのだろうと思い、食事を食べ終わったミリアはジョンに尋ねる。
「ごちそうさまでした。おいしかったです。どうしたらこんなにおいしい食事を作れるんですか?」
「この食事は私が作ったわけではありませんが……。そうですね、それはきっと心が籠もっているからでしょう」
「心が?」
「ええ。それはここの住人たちが作ったものですが、彼らは誰かに食べてもらう以上、どんなものでも最大限おいしく食べてもらおうと心を尽くすのです。それが私のような余所者であってもです。それが秘訣ではないでしょうか」
 なるほど、とミリアは頷いた。城で下働きをしている人たちは、お金で雇われている以上の忠誠を持つ者が少ない。ましてや得体の知れない囚われの姫ならなおさらだ。そこに心を尽くすなんてことは、無くても仕方がない。
「そろそろ出るか」
 クロウが立ち上がる。そして荷物を持つと、ジョンに礼を言って地下室を後にする。
「ありがとう、ジョン。次も頼むぜ」
「こちらこそ、ありがとうございました。期待してますよ、クロウ」
「ありがとうございました」
 ミリアも丁寧に礼をして、クロウの後ろに続く。ジョン・キューの部屋を出ると、鮮やかな朝焼けが東の空に広がっているのが見えた。長屋の町並みには、ちらほらと早起きな人たちが自分の仕事に取りかかっている。春過ぎとはいえまだまだ肌寒く、ミリアはマントを深くかぶった。
「さあ、こっちだ」
 クロウはフードで軽く顔を隠し、足早に町中を進む。ミリアはクロウから貰った靴でその道のりを踏みしめていく。どうか何事もなく、上手く行きますように。ミリアは首からかけたロケットに、そう願いを掛けた。