大泥棒と水の姫君(仮)第一章02b

 水の国の城下町を出るまでが第一章の予定なのだが、あと倍くらいはありそうな勢い。道は長い。

「算定が終わりましたよ」
 ジョンがクロウに声をかける。クロウの持ち込んだ品の合計は、普通の家が数軒くらい建つような値段になった。流石にミリアも目を丸くして驚かざるを得なかった。
「王族のくせに驚いてどうするんだよ」
「私の部屋にそんな高価な物はありませんでしたから」
「ああ、確かに。貧乏姫ってところか」
「貧しくはないですっ」
「見たところ裕福には見えないが」
「どこを見て言ってるんですか変態っ」
 ミリア渾身のチョップがクロウの頭に突き刺さる。
「いってー! 城でのことと言い、その馬鹿力はいったいどこから出てるんだよ」
 クロウがそう訊くとミリアは得意げに答える。
「これは魔法の力で肉体を強化しているんですっ。私、魔力と魔法適正は高いのでいろんな魔法が使えるんですよ。まあ、ちゃんとした教育を受けたわけではないので、高位の魔法は使えませんけど」
「わざわざ魔法使ってツッコミ入れるなよ!」
 クロウとミリアが軽く漫才をしている間に、ジョンは旅に必要な物資と資金を金庫から出していた。
「仲がよろしいことでなによりですな。それで、残りの分はいつも通りで構いませんかな?」
「ああ」
「いつも通り?」
 ジョンとクロウのやりとりに、ミリアが割って入る。
「ええ。クロウは必要な分以外のお金を、孤児院や恵まれない子供たちになどに寄付しているのです。いわゆる義賊というやつですな。私はその代行を」
「また言わなくていいことを」
「まさかの展開ですっ。ここで良い人アピールなんて」
「俺がしたわけじゃねえ!」
 クロウはやれやれと頭を掻く。
「しかしクロウ、良い人だと相手に思わせることは、信頼関係を築く上で非常に大事なことです。誰も悪い人とは一緒にいたくないでしょうから。これからお嬢さんと旅するのなら、それはきっと必要なことです」
「そんな回りくどい言い方しなくても、仲良くしろって言えばいいだろ」
 クロウはため息を付き、ジョンは笑う。ミリアはその様子を見て、長い付き合いなんだろうと考えた。自分も誰かと長く一緒にいれば、あんな風に相手の考えていることも読めるようになるのだろうか。友人がいないミリアは、少し羨ましく思った。
「物資と金は貰ったから、あとは情報だな」
「はい。こちらにメモをしておきました」
 ジョンが取り出した羊皮紙には、何やら町の地図とルートが書いてあった。紙は二枚あり、そちらの方にも何かの地図が書いてあるようだ。
「下水道か」
「ええ。よく使われるルートですが、正しいルートを行けば安全に町を出ることができます」
 クロウはその紙を懐にしまい込み、早速出ていこうとする。それをジョンが引き留める。
「ああ、お待ちください」
「どうした?」
「出発は明日になさった方がよいのでは? そちらのお嬢さんは限界のようですが」
「そ、そんなことないですよ」
 ミリアはそう言いつつも、堪えきることができずに大きなあくびをする。クロウはそれを見て呆れたように頭を掻いた。
「仕方ないな。しかしどうするかな。俺の家はすぐに足が付くだろうし」
「それならここに泊まっていけばいいでしょう。兵士が来たところで、この地下室ならばれることはありません」
 ジョンは満面の笑みでクロウを見る。
「商売上手なこった。いくらだ?」
「よくおわかりで。これでどうでしょう」
 クロウとジョンは値段交渉に入った。流石のクロウも歴戦の商売人には勝てないらしく、唸りながら押されている。寄付の額を減らせばいいのにとミリアは思うが、クロウはしたくないのか頭にないのか、それをしない。そうこうしているうちにだんだん睡魔が襲ってきて、ミリアはテーブルに突っ伏したまま、いつの間にか眠っていた。