大泥棒と水の姫君(仮)第一章02a

 この小説は基本的にミリア主体の三人称視点で、ちょいちょいクロウ主体になる感じで進ませているが、どうだろう。三人称であっても、視点をあまりブレさせると感情移入がしにくくなってしまうための措置だが。ちなみに視点の主体が移動するところでは一行空白行が入っている。ブログ上だと非常に分かりにくいが。


 クロウは袋の中から様々な物を取り出した。宝石や装飾品の類を初め、宝剣、錫杖から食器まで、盗める物を全部盗んだようだ。よく詰め込んで持って来れたものだ、とミリアは思う。これだけあれば、重量もかなりの物になりそうなのに。
「流石は疾風のクロウですな。宝物の重さなど物としない」
「風の魔法を応用しているだけさ。風の魔法が上手く使えれば誰でもできる」
「そう誰でもできるものではないからこその二つ名でしょう?」
 ジョンとクロウは談笑しながら、品物を見ていく。ミリアも横でそれを見ながら、頭をフル回転で記憶を探る。クロウの盗んできた物の中には、いくつか知っている物があった。しかし実用的な価値がある物は乏しく、ほとんどが鑑賞用の価値しかない。
「ミリア、何か使えそうな物はあったか?」
「いえ、特に。というかわざわざ私が見なくても、ジョン・キューさんに聞けばいいような」
「ジョンに聞くと金を取られるからな。そういうところはケチなんだよ」
「ケチとは失礼ですな。全うに商売をしているだけですよ。それとお嬢さん、私のことはジョンとお呼びいただいて構いませんよ」
「わかりました、ジョンさん」
 ジョンはミリアに優しく微笑んだ。その瞳に曇りはなく、しかし眼光は鋭い。きっと彼は、見た目は胡散臭く抜け目ない商売人だが、中身は誠実な人間なのだろうとミリアは感じた。
「これが最後の品だな」
 クロウは袋の奥から、首からかける鎖の付いたロケットを取り出した。その蓋の部分には青い宝石が付いている。
「ロケットですか。サファイアが付けられているようですな。誰かの思い出の品でしょうか」
「それならちょっと悪いことをしたかな。適当に金目の物を漁っていたからな。思い出まで盗むつもりはなかったんだが。中を見てみるか」
 クロウが蓋を開けると、中には妙齢の女性の肖像画が入っていた。青い長髪と瞳、そしてその頭にはミリアと同じ獣の耳が生えている。顔立ちもミリアに似ており、ミリアがいくつか年を取れば、この女性のようになるのではという印象を抱かせる。
「これは・・・・・・。ミリア、知ってるか?」
 クロウが訪ねると、ミリアは首を横に振った。
「いえ。私、お母さんには会ったことがありませんから。でも、もしかしたらこの人が私のお母さんなのかも」
 クロウが手掛かりがないかとロケットを見回すと、裏側に「我が愛しのアリア」と刻まれているのを見つけた。
「アリアって言うのは」
「私のお母さんの名前です」
 ミリアはしばらくその肖像画を見つめていた。母は魔物だと聞いていたが、この女性は耳以外人間と変わらない。自分と同じように。それが人間と魔物の決定的な差なのだろうか。そうだとすれば自分は人間なのだろうか。
「おい、大丈夫か」
 ミリアはクロウに肩を揺すられて、ようやく意識を現実に戻す。
「クロウさん、あの、これ」
「いいぜ、持ってけ。まあ、もともと俺の物じゃねえしな。さっきも言ったが、思い出まで盗むつもりはない」
「ありがとうございますっ」
 ミリアはロケットを抱きしめた。何も考えないまま、目標もないまま外に出てきてしまったが、これでようやく目的を見つけられたのかもしれない。
「それでは、そのロケット以外を買い取らせていただきますがよろしいですかな?」
「ああ、頼む」
 ジョンはクロウの持ってきた品々の算定に入った。ミリアはその傍らで再びロケットの肖像を見つめていた。もしも母がどこかで生きているのなら、会ってみたい。会って話がしたい。
「あのっ! 私の母のこと知りませんか?」
 ミリアは居ても立っても居られず、気づけばジョンに尋ねていた。
「そうですね・・・・・・。お力になりたいのは山々なんですが」
「金か? 金なら出すが」
 クロウはミリアをなだめながら言う。
「いえ、単に渡す物がないのです。情報業は副業ですので、このレベルの情報となると、流石に手が出ないのです」
 ジョンは申し訳なさそうに目を伏せ、言葉を続ける。
「しかし、クロウ。あなたの知り合いならおそらく知っていることでしょう。風の国に戻るのでしょう? それならばついでに会いに行ってみては」
「フォルマか。いけ好かない野郎だが、まあ情報に関しちゃ一流だからな。確かに風の国に戻る予定だし、その時に行ってみるか」
 ミリアが少し不安げな眼差しでクロウを見つめると、クロウはミリアの頭をなでた。
「いいんですか?」
「ああ、心配するな。お前が望むなら、お前の母親は俺が見つけてやるから」
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
 ミリアはクロウの目を見つめながら言った。ミリアが未だに納得できないのは、彼がこうして無条件で自分を助けてくれること。クロウにはミリアを助ける理由が何一つないのだ。ただミリアが一方的に付いて来ただけ。彼はミリアを置いていくことだってできた。しかしそれをしないどころか、母親探しまで手伝ってくれるという。
 無償の愛なんてものはこの世に存在しない。行為の裏には何かしらの意図がある。クロウの発言の奥には何が隠されているのだろうか。今まで「生かされてきた」ミリアは、そう邪推するしかなかった。
「んー、まあ、俺もいろいろあったってことさ。男に二言はないから、信頼してくれていいぜ」
 そう言って笑うクロウを見て、ミリアは己を恥じた。クロウは自身の利害と関係のない信念でミリアを助けようとしている。計算のない単純な好意に触れるのは久しぶりだった。ミリアにはクロウのその笑顔がとても眩しく感じられたのだった。