大泥棒と水の姫君(仮)第一章01c

 クロウは長屋の町並みを進み、その中の一つの家を目指す。クロウの言う商人は、そこにいる。
「どうしてこんなところで商売をしているんでしょうか」
「そりゃ盗品を売買してるんだから、当然だろ。上手く隠れて商売しないと、すぐに官憲にしょっぴかれる」
「なるほど。お互い盗品と知った上で取引をしているんですね。ちょっと安心しました」
 ミリアはそう言って、胸をなで下ろす仕草をする。クロウはその「安心した」という言葉の意図を量りかねてミリアに訪ねる。
「それはどういう意味だ?」
「クロウさんが誰かを騙すような人でないということが分かって良かった、という意味です」
「泥棒も詐欺師も、結局は似た者同士だけどな」
 クロウは皮肉めいた口調で返した。しかしミリアはそれに微笑みかける。
「今の私にとっては、全然違いますよ」
「・・・・・・なるほどな」
 確かに今のミリアにとって、クロウが泥棒か詐欺師かということは大問題である。もしもクロウが詐欺師だったならば、ミリアは助けてもらえないどころか、もっとひどいことに遭いかねないからだ。ミリアはその真偽を確かめようという意図があって最初の質問をしたのだろう。そういう意味では、彼女は頭の回る子である。
 しかし。クロウは思う。もし自身が詐欺師だったとしても、同じ行動、受け答えをしていただろう。彼女はその中から真実を見抜けるのだろうか。そして、「別に誰も助ける約束はしていないんだがな」ともクロウは思う。ミリアはクロウのことを信頼しすぎている節がある。箱入り娘だから仕方ないのだろうか。それとも外に出れて浮かれているのだろうか。いずれにせよ、「面倒なことになりそうだ」とクロウは一人心の中で呟いた。
「着いたぞ」
 クロウはあるドアの前に立った。その外観はクロウの住んでいた長屋と変わりがないが、中では表に出せないような取引が行われている。
「ここですか。思ったより普通です。もっと怪しい雰囲気を醸し出しているのかと」
「それじゃ意味ないだろ。隠れ蓑なんだから」
 そう言いながら、クロウはドアを四回叩く。そして十数えてから、今度は一回ドアを叩く。これが商人への合図だった。数秒してカチャリと鍵が外れた音がする。クロウはドアを開けて中に入った。ミリアもそれに続く。
 中はクロウの部屋と同じで狭く、違うところと言えば、奥に本棚が置いてあるくらいだ。本棚のせいでかなり生活スペースが狭くなっているが、必要な物なのだろうか。そして本棚の前には、モノクルをかけた胡散臭そうな五・六十代の男がいた。
「ようこそ、疾風のクロウ。毎度ありがとうございます」
「ああ。今回もよろしく頼むよ、ジョン・キュー」
 ジョン・キューは神出鬼没で知られる闇商人で、いろいろな国で商売をしている。クロウが盗品を換金する場合、大抵彼を頼る。彼の鑑定眼は一級品で、彼が全ての物の値打ちを決めているとも噂されるほどだ。
「そちらの方は?」
 ジョンはミリアを見て言った。
「ミリア、もうマント取ってもいいぞ」
 ミリアは上半身を覆っていたマントをはずす。すると中から青色の毛と瞳、そして獣の形をした耳が露わになる。
「おお、これはこれは。噂の“存在しない第三子”様ではありませんか。私はジョン・キューと申します。以後お見知り置きを」
 ジョンは驚いた様子であったが、なるほどと首を振って自己紹介をする。ミリアは知られていないはずの情報を彼が知っていることに、目を見開いて驚いた。
「どうしてそれを」
「商売をしていると、嫌でも情報が入ってくるのですよ。しかしクロウ、いつの間に貴族との関係を作ったのですかな?」
 ジョンは優しげに笑って、クロウに尋ねる。
「ちょっとミスっちまって、こいつの住んでるところにお邪魔したのさ。それで外に出たいと言うから仕方なく」
 クロウは苦笑いした。ジョンは「珍しいこともあるものですな」と言いながら、それ以上詮索することもなく、本棚の方を向く。そして本棚を持ち上げて移動させた。すると本棚があった位置に隠し階段が姿を現した。
「では、こちらへどうぞ」
 ジョンに案内されるまま、クロウとミリアは地下室へ降りた。中は上の部屋よりはましといった広さの部屋で、奥に大きな金庫が二つ置いてある。その手前に交渉の時に使うテーブルが置いてあった。
「今回は全部換金でよろしいですかな? 物資と交換なら、お安くしておきますよ」
「いや、そうだな。この国を出るのにいくらか食料と水が必要になったし、いくらかもらおうか」
 ジョンは買い取りだけではなく、食料、水を初めとした物資や買い取ったマジックアイテムなどをその場で売ってくれる。あまり町中で売り買いしたくないクロウにとっては、嬉しいサービスだった。
「それと、この町から脱出するための情報が欲しい。以前の方法だと、こいつを連れて脱出するのは難しそうだからな」
「なるほど。分かりました」
 クロウが付け加えた注文にも、ジョンは難色を示すことなく頷いた。ジョンはある程度の情報ならば、それも商品として売ってくれる。高度な情報なら情報屋を頼らなければならないが、このくらいの情報ならば売ってくれる点もクロウは気に入っていた。
「では、商品の査定に入りましょうか」
「あ、ちょっと待ってください」
 クロウが袋から盗品を出そうとすると、ミリアがそれを止める。
「さっきの売る前に私がチェックするという話はどうしたんですか」
 ミリアはクロウに耳打ちする。
「ああ、そういえばそうだったな。ジョン、一部使えそうな物があったら売らないことになるがいいか?」
「ええ。お好きになさってください」
 クロウがジョンに尋ねると、ジョンは微笑んで答えた。