大泥棒と水の姫君(仮)第一章01b

 比喩表現を使う時に悩む。下の文章で「シンデレラみたいですね」って台詞を入れようと思ったが、常識的に考えてシンデレラは存在しない。似たようなおとぎ話は存在するかもしれないが、それを説明するのに文章を割いても仕方がない。
 一番悩むのは動物とか。猫耳って言おうとして、悩んで誤魔化した。猫がいるかいないか、またいたとしてもそれが一般的かどうかを考えねばなるまい。もしかしたら猫型のモンスターの名前が当てられるのかもしれない。まあ、普通に猫耳にしても良かったと今は思っているが。
↓本編


 クロウは長屋の一戸の扉を開けた。中は人一人が寝れるほどの空間しかなく、小さいテーブルが一つ置いてあるくらいの殺風景。いかにも仮宿といった具合だ。奥には小型の金庫が置かれていて、クロウは早速それを開けて中から袋を取り出した。じゃらじゃらと金属のぶつかる音がするので、おそらく中には貨幣が入っているのだろう。
「本当に何もないですね。どうやって生活するんですか」
 ミリアは部屋の中を見回しながら言う。
「食って寝るだけなら十分だ。さあ、行くぞ」
 クロウは素早く準備を整え、リュックを背負っていた。この家に置いていた装備はその中に全て仕舞っているのだろう。
「もう行くんですか?」
「早ければ早い方がいいに決まってる。朝になってしまえば、見つかる確率がぐんと跳ね上がるからな。元からすぐ脱出するつもりだったから、商人との約束の時間も近い。ああ、そうだ」
 クロウは突然リュックの中から運動靴を取り出した。機能性重視なのか、デザインは地味だ。しかしあまり使われていないのか、汚れはほとんどない。
「これを履いておけ。それよりは移動がましになるだろう」
 ミリアの履いている靴はハイヒールのため、移動には適していない。これから逃げるにあたって、長時間の移動は用意に予想される。故の履き替えだった。
「そうですね。臭いが移りそうですけど」
「スペアだからまだ使ってない。そして一言で済む返答に悪口を織り交ぜなくていい」
 ミリアがクロウのスペアの靴を履くと、当然ぶかぶかだった。
「こっちの方が動きにくそうですよ」
「じゃあ、こうするか」
 クロウはまたリュックを漁り、中から包帯を取り出す。
「足を出せ」
「まさかの足フェチですかっ」
「違うわ! そして変な言葉をよく知ってるな。これを足にぐるぐる巻きにすれば、多少はサイズがでかくなるだろう。足が擦れたりしないしな」
 そう言うとクロウは座ったミリアの足に包帯を巻き始めた。かなり強引な方法だが、ないよりはましだろう。
「スカートの中は覗いたらだめですよ」
「覗かねぇよ」
「今、はいてませんから」
「なに!?」
「靴を」
「スカートと何の因果関係があるんだよ! ちきしょう」
 ミリアはいたずらな笑みを浮かべる。
「大泥棒さんは変態さんなんですね」
「そういう台詞はもっと色気が出てきてから言うんだな」
「負け惜しみですか」
「貧乳が何を」
 ミリアの表情が引きつる。
「わ、私は将来性があるからいいんですっ。変態は直らないんですっ。そしてそういう人の心を抉る口撃は私の特権なんですっ。まさか一日も経たないうちに奪われるとは」
「はい、次は右足上げてね」
 ミリアが喚くのを華麗にスルーしたクロウはすぐにもう片方の足にも包帯を巻いた。ミリアはそれが終わると再び靴を履く。
「だいぶんましになった気がします」
「よし、じゃあ行くぞ」
 クロウはミリアの履いていたハイヒールをリュックに仕舞い、外に出る。追ってミリアもマントを被って出てくる。そしてクロウの横に並ぶ。
「私の靴が奪われてしまいました。それをどうするつもりですか」
「いや、どうもしねえよ」
「まさか! いや、クロウさんがそんなことするはずないですよね。流石のクロウさんもそこまで変態では・・・・・・」
「会って数時間がいいところなのに、お前の中の俺はどうなってんだよ!」
 わりと全力でツッコミを入れるクロウに、ミリアは微笑みかける。
「優しくて、良い人ですよ」
「・・・・・・そうか」
 クロウは思わず顔を逸らす。褒められるとすぐ照れてしまうのがクロウなのだった。
「・・・・・・変態ですけど」
「うわあ、最後にいらない一文加えやがった!」
 ミリアはそこで立ち止まった。そのまま歩きかけたクロウも立ち止まって振り返る。
「だって何の得にもならないのに、リスク以外に何もないのに、こんな私を助けるんですよ? 変態じゃないですか。変態でなければ変人ですよ」
 クロウは振り返ったその身体をそのまま回転させて、進行方向へ向けた。そしてポリポリと頭を掻く。
「その理論で行けば確かに変態かもな。でも俺はそうしたいと思ったんだよ。とりあえずお前は何も考えないで助けられておけ」
 クロウはそのままミリアを見ずに歩き始めた。ミリアはほんの少し立ち止まったまま考えて、「待ってくださいよ」と貸してもらった靴でクロウのもとへ駆けだした。